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弐 裏緋寒と表緋寒の邂逅 + 4 +

last update Last Updated: 2025-04-29 05:12:56

「それに、彼は里桜さまとおなじ逆さ斎だから、あとのことは自分で対処できることでしょう」

「逆さ斎……」

 朱華はここにきて何度も耳にするようになったその言葉を反芻する。

 それは、土地神の加護を持たない集落で生み出された特別な術者のこと。神謡によればその地には最初、土地神がいたらしいが、人間との色恋沙汰で殺されてしまったとされている。そのため、神に逆らってまで土地に仕える人間たちを他の集落の土地神が逆さまの斎と揶揄したことで、逆さ斎、逆斎などという呼び名がカイム全体へ知られるようになる。

 なかでも、神無き集落を護る一族は「逆井(さかさい)」の姓を名乗れるほどの勢力を持ち、五つの加護に似たちからを扱えることから、他集落の神殿などに召されているともきく。当初は『天』を偽る外法遣いなどという軽蔑も受けていたが、いまでは幽鬼を人間ながらに消滅させることのできる逆井一族にしか扱えない独自のちからは土地神たちにも認められている。

 たぶん、里桜はその、認められた逆さ斎……逆井に属しているのだろう。

 姓を持たない未晩と違って。

「どうして、教えてくれなかったんだろう」

 朱華はずっと未晩が『天』の人間だと思っていた。まさか彼が神のいない集落、神無の出身で、加護を持たずに数多の神術をこなしているとは、考えもしなかった。

「逆井を名乗れない加護なしの術者は、弱いながらも正統な土地神の加護を持つ人間よりも劣る、なんて言われてますからね。男の意地でしょう」

 あっさり応える星河に、朱華は思わずぷっと吹き出してしまう。

「お、男の意地って……でも、師匠ならありうるかも」

 孤児になった朱華を引き取り、診療所の手伝いをさせながら面倒を見てくれた未晩。

 たとえ記憶が改竄されているとしても、朱華が彼と一緒に暮らしたすべてが無になってしまうことは、ありえない。

 彼が姓を持たない逆さ斎で、朱華に封じられている土地神の加護を欲して、自分を傍に置いて、将来自分のちからとするために記憶を変え、ときが訪れたら妻神となるよう仕組んでいたとしても……

「たぶん、あたしは師匠を許すと思

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